「苦手」を分解
私はオンラインで何かを学んだり、教えたり、 することになんの抵抗もない。 距離や時間にとらわれなくて済むことが物凄く便利だと感じるし、 学ぶときも教えるときも、 「伝えたいことが伝わらない」というような 不便さや不都合さは今のところ感じていない。 だから自分的には、とっても活用している。 そのうえで、リアルの良さも物凄くあると思うし、 リアルでしか感じられないものはある。 もしかしたら、オンラインに対する私の感じ方は、 私の学びたい内容や教えていることのタイプが、 オンラインに向いているだけかもしれないけれど。 ということを考えていたときに、思ったことを以下に。 今から書くことは、 誰か特定の人のことを言っているのではないことを 先に記しておきます。 「オンラインが苦手」という言葉を、よくよく聞いていくと、 本当に純粋に「オンラインが苦手」なわけではないことがある。 実は、 オンラインをすることの周囲にある、さまざまなことに不都合があって、 結果的に「オンラインで何かをするのが不便、面倒、苦手、ハードル上がる」 という状態になっている。 例えば、自宅でオンライン参加する場合、 家にはWi-Fiもあるし、操作もわかるし、その点は何の問題もなし。 なんだけれど、 ・自宅の背景が片付いていないため映したくない ・バーチャル背景にしたら良いけれど、上記の前提が先ず嫌な感じがする ・家の中に1人でいられる環境や部屋が無い ・家だとたくさんの物が目について集中できない ・家の外に出て人と触れ合いたい ・相手と実際に繋がりたい(会いたい)思惑がある ・言いたいことがある時に雰囲気で察してもらえない ・察してもらえないので自ら挙手などで示す必要があり、それがハードル 純粋な「オンライン苦手」ではないケースをザッと分解してみた一例。 こういったことが隠れている可能性がある。 物理的なハードルと、心理的なハードル。 整理整頓、モノが溢れている、というような物理的なことも、 その奥を見ていくと、心理的な部分に辿り着いたりする。 もちろん、家のつくりや、同居人の事情などで、 一人になれる空間も時間も本当に作れない、という人もいると思う。 1,2時間なら外のカフェなどでできるけれども、 1日かかるものだったりすると、同じカフェに居続けるのは無理だし。 (車の中でやる、という人に会ったことがあ...