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地球と一緒に生きてる感って?

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今朝、体操をしていた時、 「そうだ、私こんなこと思ってたんだった」 と、思い出したことがありました。 地球と共に生きる ということについて。 この言葉を聞いたとき、どんな感じのことが思い浮かびますか? 昔の私のイメージは、 地球と共に生きる=自然と共に生きる だった。 周囲に自然が多くあるような環境の中に家があって、 木や石などの自然素材を多く使った家で、 地元の土から採れたてのものを食べ、 衣類は化学繊維や化学染料でないものを着て、 みたいなイメージ。 逆に言うと、 見渡す限りの地面がアスファルトやコンクリートで覆われた環境で、 24時間換気システムの音がブーンと鳴る建物に住み、 スーパーで年中手に入る形の揃ったキレイな野菜を食べ、、、 という状況は、 地球と共に生きる、とは離れたところにいるように感じていた。 当時の私自身がそういう生活で、 さらには「こういう感じ、今の私に全然合ってないかも」と、 気づいていたので、 自分なりの快適さに近づけるために、 できる限りの工夫をして暮らしていました。 その途中で「ん??????」 という瞬間が。 私の中での『新たな視点』を発見したのです。 当時の発見内容は以下です。 「ちょっと待って。いま私の身の周りにあるもの。 ビニール素材だろうが、アスファルトだろうが、化学繊維だろうが、 何もかも、地球にある物質から作られたものだよね? ”これは地球外素材です” みたいな物って、ひとつもないよね? 合成されたり色々手は入っていたとしても、 元々は地球素材だよね?」 「ってことは? 私、いまこの瞬間も、地球と共に生きている。 地球に囲まれて生きている。 地球のエネルギーと共に生きている、、、じゃん!」 以上が、発見内容でした。 考えてみると、当たり前の当たり前、なことだけれど、 この発見をしたことで、私の心の安心レベルが、まあまあUPしました。 しかも、 ある特定の環境や状況でのみレベルUPしているのではなく、 どこに居たとしても、 「私、いつもいつでも地球のエネルギーの中にいるんだな~」 などと、心の底から感じることができるようになって、 そういう意味での安心感がいつもある(又は思い出せる)感じになったのです。 それに、それまで毛嫌いして、 嫌悪感とか敵対心みたいなものがあったような物に対しての 感情も変わった。 そういう感情はな...

出版する本のこと

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もしも、 自分の人生を、自分でつくっていけるとしたら? しかも、100%自分の好きなように。 そして、今からでもそれが可能だとしたら? 人生を変えたい、生き方を変えたい もっといい人生にしたい その想いが強いほどに、 何かを頑張ったり、正解ルートを探したり、 大きくジャンプできる方法を探したり、 してしまいがちになるかもしれない。 私は、その鍵は、 「いま進行中の日常生活の中にある」 と思っています。 人は、心から安心しているとき、 好きなように表現ができる。 人の意識の力は、本当に、 どこまでも影響を及ぼしていきます。 もっともっと、自分の感覚を信じ、 使いこなし、 自分の望む物語を展開していけるとしたら? この本は、 すでにあなたの中にある感覚や感性、思考回路を、 もっと自然に使って生きていくための本です。 スピリチュアルだけでなく、 理論だけでなく、 哲学だけでなく、 特別な能力でもない。 右脳と左脳、 感性と理性、 アートとサイエンス。 両方を上手に行き来しながら、 あなた好みの日々をつくりだしていくための、 具体的な視点や知恵を綴りました。 今の人生で、 体験したいことを体験し、 表現したいように表現し、 人生の終わりの時に 「あ~、満足した~」 と思って旅立ちたいですか? 私はYESです。 この本は、そうでありたい人へ向けて書きました。 ――― 想像=創造 ~日常生活をあなた好みにデザインするためのアレコレ~ 瀬戸里絵(著) クエーサー出版 2026年1月7日発売 アマゾンで販売 https://amzn.asia/d/hT6XpnM

サンタさんの存在

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サンタさんについて、今朝「そうかも、、、!」と閃いたこと。 今の私的には、おそらくそう、だと思うこと。 まず、結論から。 『いろんな存在がサンタさんの役目をしている』 です。 親が、祖父母が、サポーターの人たちが、という意味ではなく、 生きている人間以外の存在のことを意味している。 怖い話じゃないです。 私の仮説は、 地球にいる人間以外の存在たち、例えば、 ・非物質の存在 ・家そのもの ・風や木々などの自然 などが、サンタさんやトナカイやソリの「ふり」をしている。 そう思うような動きをする。 例えば、 家であれば、ガタッと音を立てて「誰か来た?」と思わせる。 風であれば、風向きや強さを工夫して「ソリの音!?」と思わせる。 非物質存在であれば、人影を装い「サンタさん?」と思わせる。 みたいな感じ。 これらのことは、 「すべての存在はそれぞれ、個性と意思を持っている」 ということが前提。 本当のところはどうなのか知らないけど、私はそれを信じている。 でね、そうであれば、 その存在のなかでも、遊び心を働かせた存在が、もしいたとしたら、 こういうことをしてもおかしくないと思ったのです。 なぜそれをするか、なぜ遊び心を働かせるのか、というと、 それはもちろん、 人間側の意識に反応してのこと。 例えば、その家の子供が、 心の底からサンタさんの存在を信じていて、 心の底から「会いたい」と思っていたとしたら。 もしかしたら、 純粋に発せられた、その子の望みに応えるかもしれない。 もちろん応えないかもしれなくて、 それは、その存在たちの個性や気まぐれの問題。 もっと言えば、 人間のその子と他の存在が、無意識レベルで、 エネルギー場で話をして 「こういう体験つくろっか」「いいねいいねやろう」 と了解をしあった間柄だけが、その体験をつくりだす。 かもしれない! 私は子供のころ、周りと比べたら割と高年齢まで サンタさんの存在を信じていた。 学校でみんなが「そろそろ分かってきた」という雰囲気を出していても、 あるいは、ダイレクトに「あれ、親だよね」と言っていても、 私は心の中で、 「そうは言っても、絶対いるに違いない」 と信じていた。 それに今思うとうろ覚えで、本当にそうだったのか分からないけれど、 ベランダで何か音がした、家族はみんな家の中なのに という経験の記憶もある。 信じるがあまり、...

本が出ます

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本が出ます。 1年くらいコツコツと書き進め、 今年の夏に書き終えました。 また追って、詳細を紹介させていただきます。 誰でもが意図をもって、 想像して創造することを 続けられるように。 瀬戸里絵 2025年12月22日

生体水のように

インスタでフォローしている清水宏治さん @ki_ya_koji  の投稿で読んだ文章。 じわーっと印象に残り、そのことについて何度も考え(というか想い?)を巡らせた。 以下一部引用 ”熱や風のインパクトを与えることなく静かに水に移動してもらうので、出てきた水はまさに生体水。生きているように感じる。” この投稿は、低温酵素乾燥機で杉の木を乾かすときの話。 清水さんは木を加工し建築に携わる方。 (全文の載った投稿は こちら ) 私はこれを読むことで、自分が普段していることが視覚化された感じがして、 より一層はっきりと明確になった。 視覚化だけでなくて、触覚化?も。 「水」って、 視覚的にも知っているし、 触ったこともあるし、全身浸かったこともあるし、 触覚的にも質感も、知っている。 だから、清水さんが水の動きのことを書いてくれていたおかげで、 「あ~これだよね」 と思ったのだと思う。 私のしていることは、エネルギーの移動。 清水さんの文章を基本にして、言い換えるとこうなる。 ”私の思考の制限というインパクトを加えずに、そのエネルギーをそのまま曼荼羅や香りとして表現する。” 相手と対話をして、そこから感じ取ったエネルギーを、 私の手を使って曼荼羅として描くし、 私の嗅覚を使って香りとして仕立てる。 エネルギーはカタチもないし、私の目には見えない。 でも絶対にある。 そこに、私の頭で考えた「こうすべき」「このほうがいいはず」という コントロールのエネルギーをギューギュー押しつけて、 相手の純なエネルギーを「私のよかれ」に変化させようと計るとしたら、 「生体水」にはならないと思う。 対話型セッションでなく、私が一人で創作をする時も、やっていることは同じ。 エネルギーというと、いまいちイメージがつかなくても、 木の水の例えを想像すると、私はしっくり来た。 もともと、その杉の木の中に流れていた水は、 無理やり蒸発させられるのではなく、ただそのまま別の場所へ移動する。 ただ移動しただけなので、そのまま生きている感じ。 そして、木の方はスッキリ軽くなり、新たな環境に最適な状態になり、 また新たな場で生き続ける。 と、書いていると、私がしていることは、 エネルギーの移動でもあるけれど、COPYっぽさもあるような気もする。 移すだけでなく、写す、とか。 形の無いエネルギーと、...

二人展「絵ト香」9月13日-14日

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展示会をおこないます。 私は点描曼荼羅画(原画)と香りの演出をします。 友人は祗園祭をテーマとした絵画とアクセサリーを。 とても美しく、静けさを感じられる空間です。 二人展「絵ト香」 感性という光が照らすエレガンスの輪郭 アートとあなたの対話 ようこそ、静と涼の空間へ 2025年9月13日(土)14日(日) 11時~17時  日曜は16時まで ギャラリーRound Table 静岡県浜松市中央区半田山3-47-6 アーティスト二名による絵画、香り、装身具を展示販売いたします。 京都の氷菓子と共に抹茶を御用意しております。 すべての感覚を開き、熱から解放されるような時を 満喫いただけたら幸いです。 ※お茶セットは椅子席にて千円現金払いにて ※駐車場は店舗前と敷地外(スタッフがご案内します) ~ARTISTS~ 北村 梢 京都市出身、浜松市にて活動中。祇園祭をテーマとし、水彩、アクリル絵の具を用いて表現。鉾の持つ独自性や神秘的な側面にフォーカスした絵画。 @cozart_japan cozmic hour 北村梢によるアクセサリーブランド。コンテンポラリー要素がありながら、伝統の技法も用いた新しい形の装身具。是非手に取ってご覧ください。 @cozmichourjapan 瀬戸 里絵 曼荼羅画家、調香師、人生デザインナビゲーター。右脳と左脳、アートとサイエンスを統合し、模様や香りを創る。個々人の日常パラダイス化のナビゲートをし、人生パラダイス化、ひいては地球パラダイス化を視野にいれ活動。 @rie.s.seto   @rieseto55   https://rtable.jimdofree.com/ ~VENUE~ ギャラリーRound table 「街が緑で呼吸する」をテーマに、建築・インテリア・外構・造園・住空間のコーディネートを提案しているランドマークプランニング株式会社が運営。ギャラリーは、深い軒のある木造平屋建築。足を踏み入れてこそ体感できる内側への広がり。住空間からの連続性を持たせた四季を感じられる中庭があり、茶室をそなえている。裏千家茶道教室、ピアノ教室やミニコンサートなども行っている。 https://landmark3473.co.jp/    https://www/roundtabl...

ツインレイから連想したこと

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今朝、目が覚めたかどうかの時に突然「ツインレイ」という言葉が 聞こえたような、閃いたような、感覚がした。 (実は昨日も同じような時間帯に違う言葉を思いついた) まだ頭がしっかり働いていない状態で、私の中で次のような思考が走った。 覚えているうちに書きます。 「ツインレイ?なんだっけそれ?」 「あ~、ひとつだった魂が今世ではふたつにわかれた、だから、 究極のソウルメイトだ、とか言われているやつだ」 「対馬」 「は?対馬って?九州の?いきなりなに?」 「あ、ふたつに分かれてる島だ」 「そういえば、対馬ってイギリスの形に似てるな~」 「あ、もしかしてツインレイってそっち?場所の話?」 実は、日本列島は世界の縮図、という説が私は好きで、 時折思い出しては、自分が訪れた場所や住んだ場所が、 日本に当てはめるとどこ? 他国に当てはめるとどこ? と地図を見ながら楽しんでいる。 この説は割と真面目に研究している人たちがたくさんいて、 単に地形で当てはめるだけでなく、 その土地に根付く文化なども比較していたりして、とてもおもしろい。 で、今朝の経緯から、久しぶりにまたこの説のことを調べていて、 とてもしっくりきたことが。 実は私が住んでいた静岡県西部地方が、世界でいうところのどこなのか、 いまいちずっと不明瞭だった。 これまで私が見つけた仮説にはしっくり来ていなかった。 今朝はじめて見つけた人の仮設を読んで「これだ」と思った。 それによると、 静岡県浜松市付近は、インドのムンバイあたり。 (インドの先端の三角の形の部分を、静岡県御前崎市の先端の部分とする) これを見た瞬間、自分の中でいろいろな回路がピピピッと繋がった。 私が浜松市付近で経験してきたこと、 バックパッカー時代にインドを旅していたときに経験したこと、 実際の出来事としての体験と、そこからの感情や思想もすべて含めて、 「あ~、、、なんか、なるほどかも」 とリンクした。 ツインレイに話を戻すと、 もともと地球には、大陸は一つだけだった。 それが裂けてバラバラになって、今のような状態になった。 日本列島は、そのバラバラになった形をぜーんぶ ギュッと小さくまとめたみたいな形。 (自然にそうなったか、地球の意思か、別の宇宙人の意思か、、、) もともと一つだったものが分かれた ツインは双子、一対のモノ、二つで一つのセット、という意味...

ウェブショップ更新しました

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東京から帰ってきた曼荼羅たちを載せ、更新しました。 国外への発送もしていますので、ご相談ください。   https://ciexis.thebase.in/

西方面への/からの引き力

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私が曼荼羅を出展していたArt&Graphic Exhibition。 そこで起きた自分的におもしろかった事について(Artとは関係ない話題)。 作品を出展しませんか、というお話は東京の日本橋にあるギャラリーからのものだった。 「東京かあ」と思っていた。 別に残念に思っていたのではなくて、私はあまり東京という場所に縁があったことがないので 珍しいなという感覚だった。 東京に縁がない、というよりも、日本だったら西方面に縁があることが凄く多かった。 場所との縁も、人との縁も。 ギャラリーでの展示を受けることに決めたのだけれど、 最初に提案された日程は、私が返事をした時点ですでに定員に達していて、 (ギャラリーでは月に2回程、入れ替えで展示をしているらしい) 別の日程を改めて提案され、そこに決まった。 それが私が展示した7月末の日程だった。 この展示は作家4名によるグループ展。 事前に他の作家の名前は知らされていたけれど、私は事前に調査?などはしなかったので どんな作品なのかは、実際に展示を見に行ったときに知った。 ギャラリーは箱型のWhite Cubeと呼ばれる空間で、 四面の壁それぞれ一面が、一作家の展示、というふうになっていた。 私の曼荼羅と向き合う壁には、私と同じ名前のRIEさんの作品。 しかもそれは点描画。私とは表現も画材も違うけれど、技法としては点描。 この日、キュレーターの方と直接お話をして知ったのだけれど、 偶然この日程に集まった四人、だそう。 (因みに、それぞれの作家を広大なネットの中から探す時は、 機械的に、作業的に、とりあえず一斉検索、返事来たらラッキー、 みたいなふうにはやっていないことも分かった。しっかりそれぞれの人のことを調べてくださっていた ) で、キュレーターとお話していたときに、たまたま地域の話になり、 「この方は大阪、この方は京都、あ、この方も京都ですね」 と、私以外の作家の拠点を知らされて笑った。 「なんだ、東京と思ってたけれど、中身はやっぱり西方面じゃん」 と思った。 そして後日、インスタアカウントのある作家の方々へ挨拶のdmをした際に またおもしろいことがあった。 ある人が現在住んでいるエリアが、私が学生時代の二年間を過ごした街だった。 超ローカルな駅名や場所の名前などが共通話題であがった。 西方面に縁がある そう思っているから、...

In the white cube

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レクトヴァーソギャラリーで行われたArt & Graphic Group show 展示の様子の写真をギャラリーからいただきました。 天井も床も、右も左も、前も後も、すべて白色の箱型空間。 作品と向き合ったとき、作品以外に視界に入るものがない、という状態。 その状態をつくりたくて、このような空間を作ったそうです。 空間に使われている白色塗料や電灯色は、 ただ単に「白であればいい」というものではなく、 「明るい自然光が降り注ぐ中にいるような感覚」を得るために 調整された色や光調だと伺った。 そのなかにいた曼荼羅たちは、確かに自然光の中で見るような色合い、風合いでした。 今回、どのような人々が見に来られ、どんな体験をされたのかは 今のところ私はまだ知らない。 『見る』という行為をするということは、 物理的に必ず、相手側へ自分のエネルギー(光子)が飛んで行って 当たって跳ね返ってきて『見える』になる。 なので、エネルギーが当たった相手側にも、必ず何らかの影響が出ている。 お互いに影響を与え合っているはず。 水の中に何かを落として、そこを中心に波紋が広がるように、 どんな波の響き合いが生まれているのか、 それはどこに到達するのか、 それが私の楽しみのひとつです。 足を運んでくださった人々、心を寄せてくださった人々、 関係したすべてに、 ありがとうございました♡ http://www.recto.co.jp/verso/archives.html 展示のスライド 8月2日(金)12時まで公開中 点描曼荼羅作家 瀬戸里絵  

日本橋での展示は土曜まで

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火曜日から始まった展示を見に行ってきました。 私の知らない場所で壁にかけられている曼荼羅たちは、どんなふうだろう? ギャラリーのコンセプトが 『作品と向き合う静かな空間を提供する』 というもの。 そのコンセプトに基づき、作家の在廊はしない展示会で、 私も一観覧者として興味を持って見に行った。 その空間は、ギャラリーの人すらいなかった(もちろん監視カメラはついてる)。 天井も床も四面の壁もすべてが白。まさに、 The White Cube 窓はどこにもないのに、サンサンと柔らかい自然光が注いでいるような空間。 その壁の一面にある3つの曼荼羅。 「宇宙だなあ。。。。」 と思った。 私は自分が描いた曼荼羅に対して「自分のモノ」のような感覚は全くなくて、 赤の他人?、自分とは別の個性の人?、 いい表現が浮かばないけれど、こんな感じの感覚を持っている。 描いたのは私だけれど、 できあがった曼荼羅は私とはまったく別人格のひとりの人、という感じ。 だからなのか、 展示されている曼荼羅を見る時も、 「わ~私の曼荼羅がここに!」などとは思わなくて、 もうちょっと一歩引いた感じで見ている感覚がある。 この感覚、、、、何と言えばいいのか、うまく言えません。 ギャラリーのある建物自体は東京大空襲でも生き残った貴重な建物。 内装もイタリアの建物を思い出すものだった。 建物の前に到着して、扉を開けて入り、階段を上っていくところからの流れも、 楽しめる展示なんじゃないかな、と思う。 異世界の中の異世界の中の、また異世界。 展示は7月27日(土)迄です。 ご縁ある人に曼荼羅を体感していただけたら嬉しいです。 ーーーーーーー 創造のイノベーション 2024年7月23日(火)~27日(土) 火-金 12時~18時、土 12時~15時半 RECTO VERSO GALLERY  レクトヴァーソギャラリー 東京都中央区日本橋茅場町2-17-13第二イノウエビル 4F ・展示は4名によるグループ展になります ・私 瀬戸里絵の展示作品は原画3点 ・作品の購入もできます ーーーーーーーー 第二イノウエビル  http://inouebldg2.jp/ レクトヴァーソギャラリー  http://www.recto.co.jp/verso/

香りは装身具にもなり戦略的にも使える

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下部の ”なぜ香りなのか?” は、先日、私のホームページの調香セッションのページに補足で追記した内容。 この投稿の前いくつかにわたって書いた脳とか感情などについての 投稿にも関係しているので、 両方読んだ方はつながりが感じられると思います。 潜在意識、思考、感情、メンタルなどに、とてもとても関りがあるのです。 ーーーーー なぜ香りなのか? 味覚、触覚、聴覚、視覚、嗅覚。このなかで嗅覚はとてもユニークな動きをします。 嗅覚以外の感覚は、それを感じると、 まずは理性・思考・分析・言語などを司る左脳へ信号が伝わります。 しかし嗅覚だけは左脳を通らず、 本能・感情・記憶・閃きなどの右脳エリアへ電気信号が直行します。 思考でアレコレ考え始める前に、潜在意識や本当の自分へ香りの信号が届くということです。 このページの上の方に「香りでできることの例」を載せていますが、マインドセットも気持ちの切替も自分軸の強化も、こういった理由の元、香りのサポートによって深い部分でそれができるわけです。 アレコレ考えず頑張らずシンプルに、ただ単に香りを嗅ぐだけでそうなる。 体の仕組みにのっかるだけなのでとても楽で簡単です。 しかもその香りは植物の香りで、しかも自分用に調合された香りであったら、 より一層「自分に届く」そして「自分と響き合う」と、私は感じています。 ※植物の香りが良くて化学合成の香りは悪い、とは一概には言えません。 使い方や使う量、個人差など様々なことのバランスで、危険性や合う合わないが変化します。 ーーーーー 服、靴、鞄、ジュエリー、お化粧、などと同等の感覚で、装身具のひとつとして香りを使うもよし。または上記の仕組みから、自分の脳に対して意図的、戦略的に香りを使うもよし。 どちらにしても、気分を変えてくれるもの、であることは間違いありません。

右脳と左脳

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感覚や芸術は右脳、考えたり計算は左脳、と言う。 右脳人間、感覚人間、完璧左脳の人、とかいう言葉も聞いたことがある。 私はインスタの点描曼荼羅アカウントの方で以下のようなことを投稿することが時折あります。 「右脳も左脳も両方を使っていくんですよ」 「直感を使って描くけれど、どうやったらどんな点が描けるか左脳を使って考えて、手を動かして実験して、どうなるか観察するんですよ」 右脳も左脳も、それぞれ役割が違うわけなので、使い分けていけば良い。 現代の特に日本では、左脳を活躍させている人が多いと思う。 活躍させすぎて左脳が過労死するんじゃないか、くらいに使い過ぎていると感じています。 感覚派の人は、ちょっとバカにされる感じが強い時代もあったかもしれない。(今もあるかもしれない) 以下の流れで、私たちの体内(体外も?)で情報の受け渡しが行われているようです。 エネルギー的なものを心(心臓のあたり)で受け取る → それを右脳で感覚的に感じる  → その”感じ”を左脳へ渡す  → 左脳がそれに理由付けしたり分析したり判断したりする → なんらかの言動や行動をする(または行動しないと決める) 右脳も左脳もどっちも必要だし、どっちかだけを使う、使わない、は 無理があるんだなと思います。 時と場合に応じてどっちも使う。 本来は、特に意図せずとも自然に両方を使えるのが通常モードだけれど、 「こうすべき」「こうした方が合理的」「前はこうだった」「普通はこうでしょ」 などで自分を固めていると、せっかく右脳で感じたものを無視して蓋をして、 いつでも左脳優先になる。 左脳優先はみんな相当やってきているので、たまには右脳優先にしてみたらどうなるか、 試してみてもいいんじゃないかなと思う。 ものは試し。実験的に、ゲーム感覚で。 何度かやってみて自分的にイイ感じであれば続けたらいいし、 あんまりだなーという感じであればやめたらいいし、時と場合でやったりやらなかったりでもいい。 浅見帆帆子さんがこんなようなことをおっしゃっていた。 「なにかを決める時、感覚だけで決めていません。割と調べます。そして調べた内容に対して、自分がどう感じるかを見ます。そして最終的に、良いと感じる方や違和感のない方を選びます。」 細かい言葉は違うかもしれないけれど、大まかにこんな感じのことだった。 感覚の右脳も...

私の個展のお知らせ(2024年2月静岡県浜松市)

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  ∞ 個展のお知らせ ∞ 私の通うカフェで展示をさせて頂くことになりました。 在イタリア時代の一時帰国中、おいしいエスプレッソが恋しくなった時にこのカフェに助けられました。最近の私のお気に入り組み合わせは、カウンター上の焼菓子 + アメリカーノです。 飲み物で両手を温めながら、曼荼羅たちをぼんやり眺める時をお楽しみください ☕ ️ 🏵 ️ [会期] 2024 年 2 月 2 日 ( 金 ) 〜 2 月 27 日 ( 火 ) [営業日時]基本は 11 時〜 20 時、水曜は休み 又は 夕方閉店 [場所]  Instagram @westgoatcoffee  West Goat Coffee  静岡県浜松市中央区千歳町 104-2 浜松駅から徒歩5分 ◎ 入店の際はお飲物をご注文ください ◎ 作品はすべて原画の一点ものです ◎ すべて販売可能です ◎ 今回の個展限定価格にする作品もあります ◎ 作品購入は現金のみ受け付けます ◎ 購入当日にお持ち帰りいただけます ∞ はじめましての方へ ∞ 私の描く曼荼羅画は宗教画とは異なります。 宙を奏でる点描曼荼羅画 ( そらをかなでるてんびょうまんだらが ) と言い、事前にデザインを考えることなく、直感的に対称的に、すべてを点で描く曼荼羅画です。 この曼荼羅画は、まっくらな宇宙のような黒い紙の上に一粒の点を置くところから始まり、やはり一粒の点を最後に置いて終わります。それぞれの一粒は独立した点であると同時に、すべてに繋がる点でもあります。曼荼羅は平面でありながら球体でもあり、全方位への無限の広がりを持ちます。 描き手である者が自身の思考を入れずに描くことで、できあがった曼荼羅は、個人の狭い枠に囚われない世界を持つのだろうと思います。 瀬戸里絵 ____ 体験会・講座は、ご希望日時を相談いただき互いの都合を合わせて開催しています。講座は対面もオンラインも可能です。 点描曼荼羅画の販売、オーダー制作もしています。作品購入はオンラインショップ又は dm からどうぞ。オーダー制作承っています (1 万円〜 ) 。 詳しい内容は こちら をご覧ください。   ——

アバター

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私は映画 「AVATAR 」(2009年 ジェームス・キャメロン監督)がとても好き。 人と話しているときにそれを伝えたら、その人はこんな感じのことを言った。 因みにその人は、この映画を観たことがないという人。 「え、、、あの映画って、人間がなにかに繋がれて人間でなくなって、戦って、みたいなやつでしょ」 その言葉の中には『りえさんがそんなの好きなんて意外なんだけど』という雰囲気があったように感じた。 それを聞いて私は「あ!」と思った。 「私が観て注目していたAVATARの世界と、この人が思っているAVATARの世界が違う」 ということが分かった。 例えば。 ピラミッド型のモノがあるとして、 私はそれを真上から見て「正方形だ」と思っている。 花子さんはそれを真横から見て「三角形だ」と思っている。 単に見ている側面が違うだけ。 それと同じようなことが今回のAVATAR好き/嫌い問題である。 私はAVATARの映画の何もかもが好きなわけではなく、何がすごく好きだったかというと、 パンドラという星に住むナヴィという民族たちの生き方。 生き方というか、在り方というか。 自分たち以外の生命体(植物も動物もすべて)との関係性が好きだった。 リスペクトしあい、自分たちもすべての循環の中の一部であることを知っていて、 それを楽しんでいて。 そして陽の沈んだ後のパンドラの森は、ぞわっとするほど美しかった。 今でもあの森を想うと、全身がぞわっとする。 言葉にするとうまく言えないが、パンドラの森の世界観が好きだった。 人間が何かに繋がれて、脳の中でアバターとして別世界を体験し、戦って、 みたいなことには、あまり注目していなかったので、その辺は私にとっては 補足映像?みたいな感じだった。 「また、人間はこうやって占領して戦って、ほんとバカ」とは思ったけど、 私の心はそこはサッと通り抜けて、ナヴィの森の世界へ飛び立っていた。 ということで、私がこの映画の何が好きなのか、を相手に伝えた。 私が好きだと思ったこの世界観は、その人も好きそうな気がする。 因みに2022年公開のAVATAR2は、全体的にあまり心躍らなかった。 極めつけは映画の最後の最後。 ラストのシーンのメッセージにドン引きし、映画館を後にした。 映像はとても美しかったです。 という感想を私は持った。 AVATARという英単語の語源は ...

最近のお知らせアレコレ

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しばらく間があきましたが元気です。 最近のお知らせをまとめます。 ◎ボディ―ヒーリングのモニター募集します  新しく習得した技術です。エネルギーワークなので遠隔で行います。  医療行為に代わるものではありません。  体にある不要なエネルギーを取り去り、その人のエネルギー全体を上げていく(本来の状態へ戻していく)ことが目的です。  女性の場合は、子宮に特化して行うこともできます。  自分の練習のためと、様々なパターンを知りたいので、モニター募集します。  私の気が済むまでは無料です。その後は有料モニターか、モニター終了か、その時になったら決めます。  きちんとフィードバックをくださる方にお願いしたいです。  ご興味ある方、ご連絡お待ちしています。 ◎五元素の転写ミストを販売します  日本で生きている人ならば、誰でもが食べている農作物の育っている場所のエネルギーを水に転写しました。  北海道のある地域の自然農法数十年の場所です。年中、風が強く吹き抜け、冬は雪ですべてが埋まりリセットされる場所。  その農作物の育つ過程のエネルギーを私が感じ取り、それに合う精油のエネルギーと融合させ、香りをつけました。  とてもパワフルなエナジーミストが2種類できあがりました。 ◎点描曼荼羅画の展示販売をします  陶芸家の長谷川文陽氏の作陶展にて、私の曼荼羅画も展示販売させていただきます。  6月3日~11日  10時~17時 (最終日は16時まで、5日は休業日)  サーラプラザ佐鳴台  静岡県浜松市中区佐鳴台1-11-5 ◎点描曼荼羅画のワークショップと展示販売をします  全国各地の作家、アーティスト、暮らしの手仕事を営む人々が集う ”Tabibito Art &Craft 2023” に参加します。  6月3日~11日 11時~18時 (5日6日は休業日)  ushimado TEPEMOK ウシマドテレモーク   岡山県瀬戸内市牛窓町牛窓4448    私のワークショップは 7日16時~17時半、8日13時~14時半  おひとり3000円 予約制  宇宙の幾何学模様の作品を生み出すワークショップです。  その日その時その場所その自分、だからこその作品ができあがります。 ◎マインドフルネスチャイとアクセスバーズのコラボ企画をします  アク...

わたしの人生で100%決まっていること

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 今日は新月。新月は願い事ノートを書く日としている。 「今日は願い事を書く日だな~」とか思っていたら、こんなことを思いました。 以下は今日のインスタグラム投稿にも書いたものです。 ・・・ 私の人生で 100% 決まっていることは、ただ1つのことのみ。「いつか死ぬ」ということ。 そのいつかが世に言われる『平均寿命の頃』だとは限らない。 これを投稿する前かもしれないし、明後日かもしれない。 私は割と子どもの頃から、こんなふうな事を考えていたと思う。 病気だったわけでもなく、高齢だったわけでもないのに、ある日突然死ぬ、遺体が無く顔を見たのは生きていた時が最後 そういう経験を子どもの頃にしていたり、その後も、似たような経験をした人が身近に何人かいた。 この経験のおかげで、なんとなくいつも「死とか終わり」を意識していることができている。 いつも考えているわけではなくて、信念の1つになっているみたいな感じだと思う。 そんな風なことが、信念というか軸の1つにあって、 そのおかげで云々 … と話しが続いていくわけであります。 今日は新月だな〜 願いごとノートの日だな〜 最近またあることについて気持ちが盛り上がってきているな〜 やっぱり私はそれがしたいんだな〜 とか思っていたら、このような投稿になりました。 🌝 セルフヒーリング講座の受講生のみなさん、新月エネルギーを活用して願いごとリスト更新してくださいね、その時の重要キーポイントも忘れずに。私も書きます 💫 ・・・ インスタには書いていないけれど、追加でここに書きますが、 上の経験にある『突然死ぬ』という人たちには共通点があります。 亡くなった人の共通点ではなくて、残された側の共通点は全員女性。亡くなった人たちは彼女たちの夫だった人々です。 みんな割と若い年齢の時にパートナーを亡くした。 なぜか私は子供の頃から、そういう女性たちが身近に何人かいました。 身近だったので、その女性たちの生き方を見て感じて知るという経験もしました。 久しぶりにこのことに意識を向けました。 死の方面に意識を向けたのではなく、自分がどう生きるか、の方向に意識を向けました。 やりたいことをやろう、行きたいところへいこう、会いたい人に会おう、 自分の時間を何に使うか、自分で決めよう。 したい体験をしよう!

[受講者募集]4月21日(木)点描曼荼羅画の描き方講座

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受講者さんを募集中です。 この日に開催リクエストをいただきました。一緒に受けたい方を募集しています。 あと3名様承れます(4/7時点)。 応募、問い合わせは、ウェブサイト予約ページよりお願いいたします。 こちら 今回開催する講座はこのようなものです ↓↓ 日時:  2022年 4月21日(木)10:00~18:00 場所: 静岡県浜松市中区にて(詳細は問合せ後にお知らせします) ■宙を奏でる点描曼荼羅画  ファースト(基本・基礎・入門)講座 基本から作画、展開、曼荼羅画概要をわかりやすく解説。 宙を奏でる点描曼荼羅画を一人で下図から描けるようになります。 ご希望の方は、講座修了後に次のステップ(ファースト講座→セカンド講座)へ進むことができます。 1名様より受講いただけます。   [対面] 時間 約6時間 × 1回 または 約3時間 × 2回 料金 13,200円 (テキスト代4000円、レッスン、修了証、レンタル専用文具一式、消費税、 込み)    ※出張講座は別途出張費をいただきます   宙を奏でる点描曼荼羅画とは、私の描いている点描曼荼羅画の種類です。 描くことは、楽しかったり感性が刺激されることはもちろんのこと、 直感力、ものごとを多角的に見る力、自分を俯瞰する力、なども養われ、 自分を整える、ということができるようになると感じています。 詳しくはこちらをご覧ください。 こちら 準備の関係で、なるべく早めにお申し込みいただけると助かります。 よろしくお願いいたします。 問合せ・申込は こちら

乾いた森に静かな雨が降った日(屋久島)

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2022年3月26日(土)に、私の調香部門の新しいラインを発表しました。 ブレンド精油シリーズ 『 Link to_  』。 私の記憶の中にある、ある風景や情景を、香りの中に納めました。 地中から地表、周囲の空気、天の様子、すべてを含めています。 その時へ、空間ごとリンクするような香り。 その時と今の、境目が薄くなるような香り。 あなたの空間で香りを開き、時を楽しむ。 そんなシリーズです。 香料はすべて天然香料である精油を使っています。 第一作目は、ある日の屋久島。 乾いた森に静かな雨が降ったあの日のこと。 ユズ、ネロリ、ナツメグ、ホーウッド、サイプレス、ヒノキ、サンダルウッド、ベチバー、オークモス、をブレンドしています。 ご興味ある方はこちらから詳細ご覧ください。 (オンラインショップが開きます) Ame No Mori - Yakushima 2013 May - このシリーズでは、私の訪れた地球の様々な場所を香りで表現していきます。 お楽しみに!  

ART という言葉は EARTH(地球)の真ん中にある

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  先日こんなことをインスタに投稿した ↑↑ 感情があることによって、今のような社会が成り立っている。 地球は感情の星 とか 地球は感情を体験する場所 地球に生まれた理由は感情を体験したいから とか、そんなようなことを良く耳にします。 世の中には様々な人がいて、生まれる前の記憶を持った人や、 生まれる瞬間の記憶を持った人、はたまた宇宙の別の星で生きているときの記憶を持った人、 なんなら今もまさに別の星のカプセル的なところに入っていながら地球人を体験しにちょっと来ているだけと言う人、 などなど。 その宇宙系の記憶を持った人たちからすると、地球という星はとてもユニークなのだそうです。 その一つが『感情があること』。 感情があることによって、いまのような社会が成り立っているし、構造ができているし、 泣いたり笑ったり怒ったり喧嘩したり、なんかハッピーな気がしたり、 インテリアに凝ったり、食事のときの盛り付けや器を気にしたり。 洋服を選ぶのも、様々なデザインの選択肢が存在するのも、体型や髪型を気にするのも、 映画を観るのも、映画が存在するのも。 ここには書ききれない、または人間全員がしていることなのでソレと気づかないようなことも、 ものすごく多くのモノゴトは『感情』があるからこそ存在するのだと思う。 以前こんな話も聞きました。 ”京都じゃなくて広島に原爆を落とすと決めた理由”。 ”京都じゃなかった理由" 。 そこには 「いや、京都は辞めておこうよ、私は京都という町が消えて欲しくないんだ」 という、ある一人の方の『感情』が関わっていたのだと。 その人はもちろん、立場のある人で決定権を持っている人。 こんなことにまで、感情が関わっている。 感情の揺れ、それが行動を起こすきっかけになる。 ”こんなこと” という言葉に含まれる色々なことにも、感情がものすごく入っているし。 宇宙のどこかの星、感情が存在せず、超合理的社会で成り立つ星。 そんな場所に生まれることもあるのだとしたら、 せっかくのこの地球のユニークな部分を思いっきり楽しんでおきたいな、と思う。 わたしがアートが好きだったり(詳しいことは知りませんが)、 アーティストとしても活動をしているのは、地球人を楽しみたいからかな、 とも思うのであります。 追伸 インスタ投稿の中にある大城清太さん(沖縄の天描画家)は こんな方...