右脳と左脳
感覚や芸術は右脳、考えたり計算は左脳、と言う。
右脳人間、感覚人間、完璧左脳の人、とかいう言葉も聞いたことがある。
私はインスタの点描曼荼羅アカウントの方で以下のようなことを投稿することが時折あります。
「右脳も左脳も両方を使っていくんですよ」
「直感を使って描くけれど、どうやったらどんな点が描けるか左脳を使って考えて、手を動かして実験して、どうなるか観察するんですよ」
右脳も左脳も、それぞれ役割が違うわけなので、使い分けていけば良い。
現代の特に日本では、左脳を活躍させている人が多いと思う。
活躍させすぎて左脳が過労死するんじゃないか、くらいに使い過ぎていると感じています。
感覚派の人は、ちょっとバカにされる感じが強い時代もあったかもしれない。(今もあるかもしれない)
以下の流れで、私たちの体内(体外も?)で情報の受け渡しが行われているようです。
エネルギー的なものを心(心臓のあたり)で受け取る
→ それを右脳で感覚的に感じる
→ その”感じ”を左脳へ渡す
→ 左脳がそれに理由付けしたり分析したり判断したりする
→ なんらかの言動や行動をする(または行動しないと決める)
右脳も左脳もどっちも必要だし、どっちかだけを使う、使わない、は
無理があるんだなと思います。
時と場合に応じてどっちも使う。
本来は、特に意図せずとも自然に両方を使えるのが通常モードだけれど、
「こうすべき」「こうした方が合理的」「前はこうだった」「普通はこうでしょ」
などで自分を固めていると、せっかく右脳で感じたものを無視して蓋をして、
いつでも左脳優先になる。
左脳優先はみんな相当やってきているので、たまには右脳優先にしてみたらどうなるか、
試してみてもいいんじゃないかなと思う。
ものは試し。実験的に、ゲーム感覚で。
何度かやってみて自分的にイイ感じであれば続けたらいいし、
あんまりだなーという感じであればやめたらいいし、時と場合でやったりやらなかったりでもいい。
浅見帆帆子さんがこんなようなことをおっしゃっていた。
「なにかを決める時、感覚だけで決めていません。割と調べます。そして調べた内容に対して、自分がどう感じるかを見ます。そして最終的に、良いと感じる方や違和感のない方を選びます。」
細かい言葉は違うかもしれないけれど、大まかにこんな感じのことだった。
感覚の右脳も、分析判断の左脳も、両方使って、最終的には自分の感覚を優先している。
私もそうしているような気がするけれど、はっきりどうなのかを言い切れない感じがあるので、
もっと自分の思考の動きを観察してみます。