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ある場所が痛くなり、そのうち、 気持ち悪くなってきて、 夕方からしばらく寝ていた。 朝になってもまだ痛みが残っていた。 夢なのか考えていることか分からないようなものが 頭の中に湧き上がったり消えたりの 浅い眠りが続いた。 そのあと、多分深く眠った時間があったと思う。 次に気づいたとき、 というか、 ある曲が頭の中に流れていることに気が付き、 意識がはっきりとしてきた。 John Lennonさんの「Imagine」だった。 痛みも、 気持ち悪さも、 遠くに去っていた。 しばらくお布団の中で、もぞもぞしていたが、 起き上がり、家事などを済ませ、 ガチガチの身体をストレッチした。 そうこうしているうちに、やっと お腹の減りを感じたので、 おむすびを作った。 おむすびを握る時、自分の肩に力が入っているのに気づいた。 Imagineの曲を思い出しながら、 もう一度、 おむすびを握りなおした。 おいしかった。 ごちそうさま。

氣と意識のこと

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合氣道の先生との出会いがあり、 日程があえば学びにいっています。 ただし、私が学んでいるのは合氣道ではないです。 氣の使い方、そこから派生した、身体の使い方 を学んでいる。 先日とても久しぶりに教室へ行きました。 その時のテーマは、 「自己氣圧(首と肩)と呼吸法」 だった。 指圧ではなく、氣圧。 その場で実際に身体を動かしながら、 先生の話も聞きながら、 いろんな人体実験もしながら時間を過ごします。 とても久しぶりだったので、 「そうだ!それは前に聞いたんだった」 とか 「そうだ、その体操教えてもらったんだった」 とか、 忘れていたことが割とありました。 そのおかげで、新たに、 「毎日ふとしたときに、この動きを取り入れて習慣にしよう」 と思うことができた。 というか、今これを書きながら、 「自分を風船だと思って座る、歩く。そうしたら余分な力は入らない。」 と言われたことも思い出した。 姿勢をキープしようとするあまり、 変なところが力んでいたり、反り腰になっていたり、しがちです。 それで結局、流れが悪くなって、凝ったりむくんだりすることがある。 先日の回で一番印象に残った言葉は 「自分が宇宙の中心にいるような感じで、 堂々と悠々としていたらいい。」 という言葉でした。 特に「悠々とする」というのが私は気に入った。 このところずーーーーーーっと、 宇宙空間でのびのびと過ごす感覚のイメージがあったので、 それとも重なった。 先生から氣の話を聞いていると、 まさに「意識次第でどうにでもなる」ということだなあと思う。 氣、意識、波動、エネルギー、心、 言葉は変わっても、 だいたい似たようなことを言っているんじゃないかな。 意識さえあれば、どうにでもなる それって、本当に、つくづく、 すごい簡単だし、すごい便利だし、すごいイイ! と思う。 先生のホームページ

地球と一緒に生きてる感って?

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今朝、体操をしていた時、 「そうだ、私こんなこと思ってたんだった」 と、思い出したことがありました。 地球と共に生きる ということについて。 この言葉を聞いたとき、どんな感じのことが思い浮かびますか? 昔の私のイメージは、 地球と共に生きる=自然と共に生きる だった。 周囲に自然が多くあるような環境の中に家があって、 木や石などの自然素材を多く使った家で、 地元の土から採れたてのものを食べ、 衣類は化学繊維や化学染料でないものを着て、 みたいなイメージ。 逆に言うと、 見渡す限りの地面がアスファルトやコンクリートで覆われた環境で、 24時間換気システムの音がブーンと鳴る建物に住み、 スーパーで年中手に入る形の揃ったキレイな野菜を食べ、、、 という状況は、 地球と共に生きる、とは離れたところにいるように感じていた。 当時の私自身がそういう生活で、 さらには「こういう感じ、今の私に全然合ってないかも」と、 気づいていたので、 自分なりの快適さに近づけるために、 できる限りの工夫をして暮らしていました。 その途中で「ん??????」 という瞬間が。 私の中での『新たな視点』を発見したのです。 当時の発見内容は以下です。 「ちょっと待って。いま私の身の周りにあるもの。 ビニール素材だろうが、アスファルトだろうが、化学繊維だろうが、 何もかも、地球にある物質から作られたものだよね? ”これは地球外素材です” みたいな物って、ひとつもないよね? 合成されたり色々手は入っていたとしても、 元々は地球素材だよね?」 「ってことは? 私、いまこの瞬間も、地球と共に生きている。 地球に囲まれて生きている。 地球のエネルギーと共に生きている、、、じゃん!」 以上が、発見内容でした。 考えてみると、当たり前の当たり前、なことだけれど、 この発見をしたことで、私の心の安心レベルが、まあまあUPしました。 しかも、 ある特定の環境や状況でのみレベルUPしているのではなく、 どこに居たとしても、 「私、いつもいつでも地球のエネルギーの中にいるんだな~」 などと、心の底から感じることができるようになって、 そういう意味での安心感がいつもある(又は思い出せる)感じになったのです。 それに、それまで毛嫌いして、 嫌悪感とか敵対心みたいなものがあったような物に対しての 感情も変わった。 そういう感情はな...

出版する本のこと

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もしも、 自分の人生を、自分でつくっていけるとしたら? しかも、100%自分の好きなように。 そして、今からでもそれが可能だとしたら? 人生を変えたい、生き方を変えたい もっといい人生にしたい その想いが強いほどに、 何かを頑張ったり、正解ルートを探したり、 大きくジャンプできる方法を探したり、 してしまいがちになるかもしれない。 私は、その鍵は、 「いま進行中の日常生活の中にある」 と思っています。 人は、心から安心しているとき、 好きなように表現ができる。 人の意識の力は、本当に、 どこまでも影響を及ぼしていきます。 もっともっと、自分の感覚を信じ、 使いこなし、 自分の望む物語を展開していけるとしたら? この本は、 すでにあなたの中にある感覚や感性、思考回路を、 もっと自然に使って生きていくための本です。 スピリチュアルだけでなく、 理論だけでなく、 哲学だけでなく、 特別な能力でもない。 右脳と左脳、 感性と理性、 アートとサイエンス。 両方を上手に行き来しながら、 あなた好みの日々をつくりだしていくための、 具体的な視点や知恵を綴りました。 今の人生で、 体験したいことを体験し、 表現したいように表現し、 人生の終わりの時に 「あ~、満足した~」 と思って旅立ちたいですか? 私はYESです。 この本は、そうでありたい人へ向けて書きました。 ――― 想像=創造 ~日常生活をあなた好みにデザインするためのアレコレ~ 瀬戸里絵(著) クエーサー出版 2026年1月7日発売 アマゾンで販売 https://amzn.asia/d/hT6XpnM

本が出ます

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本が出ます。 1年くらいコツコツと書き進め、 今年の夏に書き終えました。 また追って、詳細を紹介させていただきます。 誰でもが意図をもって、 想像して創造することを 続けられるように。 瀬戸里絵 2025年12月22日

ワタシ・イセカイデ・デキタ②

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前回の続きです。 異世界Bで私が試したことは。 ワタシノ イシキノ チカラ! です。 自分の意識の力を使って、自分の望む状態状況をつくりだすこと。 これって、 理論を理解して練習したら、誰にでもできるようになることです。 なんだけど、 自分の状態がブレブレでやっても、うまくいかない。 やはり土台が重要だし、土台は自動的にできることはなく、 自ら意識して作らなければいけない。 異世界Aと異世界B、 それぞれでの私の状態を振り返ると、よく分かる。 まず、異世界Aでの私はどうだったか? 不慣れな異世界にキョロキョロ 心も頭もエネルギーも、落ち着いていなかった この場で「自分はどう過ごしたいか」方向性を決めていなかった ここを去るとき「どんな感じで去りたいか」を決めていなかった ただの「来訪者」になっていて、相手のペースに巻き込まれていた 異世界Aの流れに飲み込まれ、選択権を相手に渡していた 異世界Aでの私は、すっかり意識の力を使うことを忘れ、 何も意図せず、ただただ反応し、 私に選択権があることすら忘れ、 ある意味ボーっと流されるままに時を過ごしていた。 なので結果的に、 相手の「良かれ」をすべて受け入れて(=相手の意図の影響を受け)、 ありがたいんだけれど、よく考えると実は、 「自分の本当の気持ちと違うかも、、、」 が心の中にあったりして、 感謝と違和感の両方が交じり合った気持ちで終えることになった。 その経験を踏まえ、異世界Bで私はどうしたか? ここは異世界なんだ、と改めて自分の中で意識した 異世界の価値観の中にいる緊張感と恐怖感に気づき、その感覚をじっと見つめた けれども誰も敵ではなく、みんな私の応援団だと思い出した 「ここで私は本当はどうしたい?」を考え、そうすると決めた 「私はどんな気持ちになってここを出たい?」を考え、そうすると決めた いつでもどこでも私に選択権がある、と思い出した 異世界Bの人と私は同等の立場なんだと、思い出した 私が色々考えをめぐらすのと同じく、相手もそうしている、と思った これらのことをやりました。 そして結果的に、 私が最も安心して納得する結論を、異世界Bで手に入れ、 ルンッ という気分で帰路につきました。 まとめると、Bでやったことは、 ここで私はどんな体験をしたいか決める そうなることを信じる したい体験と同じ波動の自分を事前につく...

りえの相談部屋OPEN

 一時しのぎ、応急処置、の解決ではなく、 本気の解決 をします。 本気の解決とは、根本的な解決という意味。 解決=変化、したように見えて、またすぐに同じ状態になってしまうのではなく、 変化した状態をキープできるあなたになること、を大切にしています。 しかも頑張ってキープするのではなく、自然な状態で。 「あれ?そういえば最近、前は気になってたアレ、全然気になってなかった」 みたいな感じで。 そのための鍵は 潜在意識 と 波動エネルギー 。 その領域に変化を起こしていくことで、上に書いたことが可能になります。 相談の内容、解決したいこと、サポートしてほしいこと、 ナビゲートしてほしいこと、 人それぞれですが、以下に一例を書きます。 どうにかしたい問題、抜け出したい状態、 実は我慢していること、実はあきらめていること、 抱えている時限爆弾、 叶えたい夢、実現させたいこと、 自分のことがよくわからない、自分を知りたい、自分を変えたい、 人生をステージアップさせたい、もっと羽ばたきたい、 ぶれないように伴走してほしい、 本当にしたいことができるようになりたい、 ずっとほのかに気になっていることがある、 e.t.c. 人間関係、仕事、経済、健康状態、家庭、周囲環境、 心のことも思考回路のことも、身体のことも、 他人のことも、とりまく状況のことも、 目に見えないことも、 分野を問わず、内容を問わず、 話しを聞いたうえで、変化に必要だと思うことをしていきます。 すべてに共通してることは、 あなたの内側の状態が先にあり、あなたの外側の状態が後にある ということ。 内側の反映で、目に見えるものや状態がつくられます。 すべての生き物に共通する宇宙の摂理。 あなたの日々、ひいてはあなたの人生を、 もっと快適に、もっと満足したものにするための、 ナビゲーター役が相談部屋の主である私です。 りえの相談部屋

セルフヒーリングコースとヒーラー養成コースの違い

セルフヒーリングコースとヒーラー養成コースの違い。 久しぶりにその違いを聞かれたので、ブログにしてみます。 まず両方に共通していることは、 「自分の本質を見つけられる」 「自分で自分の現実を変化させられる(意図して創れる)」こと。 そしてそれは 「潜在意識の部分から変化を起こせる」 そのため 「一時的でない根本的な変化であり”元に戻ってしまう”現象が起きない」こと。 両者の違いは、大きくは、 セルフヒーリングコースは、上記のことを自分に対してできる。 ヒーラー養成コースは、上記のことを自分にも他者にもできるし、 エネルギーワーク全体を自分にも他者にもできる(見えない存在、物、土地、オーラ、チャクラ、などなど関連)。 です。 ヒーラー養成コースの方が、守備範囲も深さも広いという感じです。 できることが増えます。 「人に対してやるつもりはない」「仕事にするつもりはない」という人であっても、 自分のことに対しても守備範囲が広まるので、 単純に「便利!」だと私自身は実感しています。 更に言うと、 私がこれまで見ていた感じからは、ヒーラー養成コースの生徒さんたちの方が、 自分の人生を変化させるスピードが速いような感覚があります。(個人によります) この理由を分析してみたのですが、 ヒーラー養成コースは、コース内に「ペアワーク」という練習が含まれていて、 他者に対してセッションを行う実技の時間があります。 練習といえども、本当に相手の相談を聞いて問題解決をし、 逆に自分も相談をする側になります。 この練習が、相談する側でもされる側でも、もの凄く勉強になりますが、 特に、相談される側の役目をした時に「!」があります。 例えば「お金を稼ぐ」という分野について自分自身の思い込みやトラウマが根強くあると、 その分野について相談されると、いまいちスッキリ解決できないとか、 相手の相談を解決しているつもりが、自分のことで気づきがあるとか。 結果的に、 「自分の内側のことを、もっと見て、変えていきたい」 というような心境になる、、、という感じでしょうか。 ペアワーク以外のことでは、 講師の私と関わっている時間の長さや会話する頻度、 会話内容の深さや広さ、 支払った金額による覚悟度合いの深さ、 なども関係あるかもしれません。 セルフヒーリングコースも、ヒーラー養成コースも、 私的にはどちらも同...

ツインレイから連想したこと

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今朝、目が覚めたかどうかの時に突然「ツインレイ」という言葉が 聞こえたような、閃いたような、感覚がした。 (実は昨日も同じような時間帯に違う言葉を思いついた) まだ頭がしっかり働いていない状態で、私の中で次のような思考が走った。 覚えているうちに書きます。 「ツインレイ?なんだっけそれ?」 「あ~、ひとつだった魂が今世ではふたつにわかれた、だから、 究極のソウルメイトだ、とか言われているやつだ」 「対馬」 「は?対馬って?九州の?いきなりなに?」 「あ、ふたつに分かれてる島だ」 「そういえば、対馬ってイギリスの形に似てるな~」 「あ、もしかしてツインレイってそっち?場所の話?」 実は、日本列島は世界の縮図、という説が私は好きで、 時折思い出しては、自分が訪れた場所や住んだ場所が、 日本に当てはめるとどこ? 他国に当てはめるとどこ? と地図を見ながら楽しんでいる。 この説は割と真面目に研究している人たちがたくさんいて、 単に地形で当てはめるだけでなく、 その土地に根付く文化なども比較していたりして、とてもおもしろい。 で、今朝の経緯から、久しぶりにまたこの説のことを調べていて、 とてもしっくりきたことが。 実は私が住んでいた静岡県西部地方が、世界でいうところのどこなのか、 いまいちずっと不明瞭だった。 これまで私が見つけた仮説にはしっくり来ていなかった。 今朝はじめて見つけた人の仮設を読んで「これだ」と思った。 それによると、 静岡県浜松市付近は、インドのムンバイあたり。 (インドの先端の三角の形の部分を、静岡県御前崎市の先端の部分とする) これを見た瞬間、自分の中でいろいろな回路がピピピッと繋がった。 私が浜松市付近で経験してきたこと、 バックパッカー時代にインドを旅していたときに経験したこと、 実際の出来事としての体験と、そこからの感情や思想もすべて含めて、 「あ~、、、なんか、なるほどかも」 とリンクした。 ツインレイに話を戻すと、 もともと地球には、大陸は一つだけだった。 それが裂けてバラバラになって、今のような状態になった。 日本列島は、そのバラバラになった形をぜーんぶ ギュッと小さくまとめたみたいな形。 (自然にそうなったか、地球の意思か、別の宇宙人の意思か、、、) もともと一つだったものが分かれた ツインは双子、一対のモノ、二つで一つのセット、という意味...

意識を使いこなすと便利だし社会貢献になる

私たち人間の意識は、 二種類から成り立っていることがわかっている。 それぞれ役目が違う。 ・顕在意識__自分で認識できる 頭で考えるような思考、理性、論理的 ・潜在意識__無意識 生命の維持(血流とか体温とか)、記憶、感情、習慣、癖、本能 人間は「頭でっかち」(頭でばかり考える)とは言うものの、 実は、頭で考える担当の顕在意識は、 意識全体の、たった1~3%。 くらべて、無意識の領域の潜在意識の方は、 残りの97~99%を受け持っている。 いまこうして、これを読んでいる間にも、 身体の中ではホルモンが出て、あらゆる臓器が動いて、 一瞬も止まることなく血流量や体温が監視されて、 生命維持がおこなわれている。 これは潜在意識の仕事の範囲なので、 私たちは意図してやっているわけではなく無意識。 (すごい!) それとか、 過去のありとあらゆる記憶データをもとにして、 今の状況が瞬時に判断されていて、 どう反応するかが決まる。感情が出る。 同時にホルモンが出る。 全部無意識のうちに。 これも潜在意識の領域。 どんなに知識を得ても、どんなに考えても、論理を組み立てても、 どれだけ「頭でわかった」と思っていても、 圧倒的に大きな領域を占め、 圧倒的に大きな影響力のある 潜在意識の厚みには、顕在意識は勝てない。 勝てない、というと語弊があるかもしれない。 いろいろなパターンがあるので。 例えば、こういうこともある。 ある程度までは顕在意識だけで突き進むことができても、 あるときどこかで、 「頭打ち」 を感じることになるときが来る。 どうがんばっても、どう工夫しても、 「これ以上いけない」 というときが来る。 顕在意識だけでそこまでできたら、ある意味すごいと思う。 だって、たった1~3%の範囲の中でそこまでできたのだから。 例えば、そういう人が、潜在意識も活用できたら? あと97%も伸びしろや可能性がある、とも言える。 人は誰でも、 何かを考えた結果、 行動したり、言葉を発したり、ものをつくったりする。 同じように、 何かを感じた結果、 行動したり、言葉を発したり、ものをつくったりする。 考えたり感じたり、は目に見えない。 でもいつでも必ず、 この、目に見えない「意識と感情」が先にあり、 そのあとに、 目に見える言動がある。 そう考えると、 すべての出発点である目に見えない「意識と感...

小学校で学びたかったこと身に付けたかったこと

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いま思うと、 「なんかこれって、小学校6年間で義務教育のひとつとして、 知りたかったし、身に着けておきたかったなー。 そしたらその後めちゃくちゃ楽じゃん。」 と思うことが私はいくつかあります。 なぜ小学校かというと、 身体の発達と脳の発達の面で、まさにつくられていく途中だから。 新しいものを吸収して、 身体の感覚として身に付けたり、癖にできたり。 思考回路が育ち太くなり、思考癖をつけたり。 そういったことが容易にできる年齢。 脳の仕組みによると、7,8歳くらいまでがより一層そういう感じらしい。 アルファ波が優位なので、脳波的にはとってもリラックスした状態で、 そういう状態のときは「スッと」物事が自分の中に入っていく。 よくもわるくも。 で、小学校で学びたかったと私が個人的に思っているものとして、 まず身体のことについては、身体の使い方!!! 立ち方、歩き方、座り方、すべてにおいての重心の置き方とバランス 身体のほぐしかた、ゆるめかた、整え方 呼吸の仕方、整え方 調子を崩したときの整え方 こういったことを体育で教えてほしかった。 生徒全員、一生において役立つと思うから。 50m走が何秒とか跳び箱何段とかは、 当時私は割とどうでもよいと思っていた方、というか なぜそんなことをしなくてはいけないか疑問に思っていた。 けれど、やらねばならぬ、と思って一生懸命やっていた。 頭と心の面については、思考と感情の仕組み!!! ものごとにはいろんな側面があるんだよ、とか どの視点を持つかは人それぞれ違っていいよ、とか 視点を変えることで気分というものが変化するんだよ、とか それとか、 人の態度の裏には必ずその人なりの理由や背景があるんだよ、とか 本当のところはその人にしかわからないんだよ、とか とか、 感情にはこんな種類があるよ、とか この感情のときあなたはどんな行動をすると思う?、とか 同じものを見聞きしたときに人それぞれどんな感情を持つかの違いを体験する、とか これらもやっぱり、全員に対して一生役立つことだと思う。 身体と心と頭は、生きている限り、 絶対に一生、一秒たりとも離れずに、一緒に過ごすもの。 しかも調子が悪いと、 生活すべてに影響を及ぼすもの。 生活のルーティンにも、人間関係にも、経済状態にも、 ぜんぶに。 Chat gptさんに脳波と年齢の関係の図をつくってもらった。...

嫌いなはずの数字から受け取った初めての感覚

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先日、確定申告データを送信し終えた。 (多分できたはず・・・) 入力作業をしながら、 いつもと違うことが起きていることに気づいた。 作業中の自分の心の状態が「快適♪」だったのです! 快適どころか感謝の感情まで伴っていた。 去年までは、ただの数字の入力作業、 というだけの時間だったはずなのに 「あ~これだけ使ったということは、使えるお金があったんだなあ この分だけ手に入れたものがあるということだなあ ありがたいなあ」 「あ~この頃こういう仕事をさせてもらったなあ たのしかったなあ、ありがたいなあ」 とか思っていたんですよ、 お金を支払った方も、受取った方も、両方に対して同じように。 気づいたらしみじみとそんなことを感じながら入力の手を動かしていた。 去年の売上や利益が良かったから、という理由ではないです。 結果を見たら、おととしと同じくらいだったし。 数字を扱っているときに、自然にこんな感情になるということは 私的には天地がひっくり返るくらい驚くことで、 「あれ?ん?なに?私どうしたの?」 と先ずは思った。 私は計算が非常に苦手で、10本指で足りない計算になると混乱する。 電卓を使うとしても、答えを出すために割るのか掛けるのかなども すごく考えないとわからない。 数字を見ただけで 「ツ―――――――――」という思考停止の音が聞こえてくる。 頭の神経回路がおかしくなる感じがする。 乱視と近視と遠視と涙目が一気に出てきたように 視界がぼやけてくる。 というわけで、 確定申告のために支出と売上の数字を入力することすらストレスだった。 ストレスに感じることなので、毎日コツコツなんてできなくて、 申告の時期になると集中して一気にやっていたのです。 ほとんど思考停止の状態で入力するので 左側に1000(イチ マルマルマル) 右側に1000(イチ マルマルマル) 登録、次へ みたいな感じでつぶやきながら、入力作業を12ヶ月分繰り返していただけ。 そこに心は無かった。 今回、いままでとは違う感覚になっていた理由を考えてみた。 去年から私は自分自身の人生全体のステージアップというか アップデートを望んでいて、 実際、現実に見える形でそれが動き始めていた。 その関連で感じ方も変わったのではないか、と思う。 お金や仕事をすること、などにまつわる思い込みやトラウマなどは セルフヒーリングで潜...

身を任せた流れの先にワニとか居たら?

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「流れに身を任せる」 これを私は大切にしているし、そう心掛けている人は多いんじゃないかなと思う。 このことについて「そう!それ!」と感じることがあったので書きます。 流れに身を任せる、という状態を川に例えたとする。 どんな川を想像する? 私は穏やかな川でノホホンと浮かんでる様子がパッと浮かんだ。 その川が日本海へ向かってるのか太平洋へ向かっているのか、 川の水質状態はこの辺りはキレイだけれど 数十m先に汚水が注ぎ込む場所があるのか、 しばらく進むと200m落差のある滝があるのか、 滝つぼを過ぎると大きなワニ達の住むエリアがあるのか、 自分が流れに身を任せる川は、一体どんな川?? それによって身を任せたいかどうかは、YESかNOか変わると思う。 汚水も滝から落ちるのも嫌だし、 ワニに襲われてGAME OVERもまっぴらごめん、無理。 このイメージのように私は 「それ全然うれしくない、嫌」なパターンが色々あるので、 流れに身を任せる前に『行先』を決めておく。 川のイメージから頭を現実の世界へ戻して言葉を書き進めると、 「私はこうする(こうなる)」と先ずは決める、 その後に初めて「流れに任せる」状態をする。 すると、目的地に到着するまでの間に、 一見、ハプニングと感じる出来事があっても、 一見、まわり道をしたと感じることがあっても、 一見、停滞を感じる時があっても、 すべては『一見』。ぱっと見、そう見えるだけ。 あとになって振り返ると、 それらすべては、到着するまでのストーリーを おもしろくするために起こっているだけだったり、 到着したときの自分がレベルアップしている状態になるための体験だったりする。 「こうする(こうなる)」ということは先に決めているので、 途中に何が起ころうと、 それはただその時々で淡々と対応・処理したらよいだけのことだし、 文句を言ったっていいし気分が盛り下がってもいいけれど、 どんな渦中も瞬間も自分は目的地へ向かって進んでいるのだ、 ということは心の中に留めておく。 「こうする(こうなる)」を決めずに、 または決めているようで決めていない「こうだったらいいな~」くらいで 『流れに身を任せる』をすると、 途中にある様々な川の事情(自分以外の他者の事情や都合)に 巻き込まれたり、もみくちゃになったり、岸に戻されたり、岩でふさがれたり、 要はなにがおこる...

雨が降ってきたら「やべえ!」のか?

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Aさん「うわ!やべ!雨じゃん!最悪~!!」 Bさん「あ、雨、傘持ってないな~。。。ん?あの雫すごいきれい~」 Cさん「やった!雨!これで庭の水まきしなくていいじゃん!ラッキー!」 Dさん「△×□◇▽涙怒悲・・・」 (他のこと考えてて雨に気づいていない) Eさん「洗濯物濡れちゃう!まあ、乾かせばいいし、いっか」 Fさん「雨、、、あ、もしかしたら後で虹が出るかも(*‘∀‘)) この6人全員が一緒にいたとして、他者の反応に対して「ムッ」としたとします。 例えばこんなふうに。 「こんな最悪な状況で『きれい』とか言って、頭どうかしてんじゃないの?」 「濡れたらどうするの?そんなあっけらかんとして」 「雨が降らなかったらどんなに大変か、全然わかってないなあ」 「また乾かせばいいだけなのに、なんでムカムカしてるんだろう」 「雨なんてどうでもいい。なんでみんなそんな呑気なわけ?なのに私は。。。」 「未来永劫降り続けるわけじゃあるまいし、大げさだなあ」 「雨ってすごくきれいな風景が見れるんだよ!?気づいてよー」 「私に雨は止められないんだからしょうがないじゃん」 こんな感じの言い合いとか? 心の中での言い合いの人も多そうですが。 これ、100人いたら100通りの反応があるはず。 その中で更に、 100%嫌がってる系の人たち~全然気にしない系の人たち 似たような反応の人たちごとに、大まかなグループに分けることができる。 (同じグループにいる人たちが似た者同士、類友、似た波動・周波数の人たち。隣のグループとはなんとなく話が合うこともあるし合わないこともある。すごく離れたグループだと全く嚙み合わないし、会うこともない。同じグループの中でも更に同じように細分化がある。) 雨が降ってきた、という事実は全員共通で同じ1つの出来事。 けれども反応(解釈)は人の数だけある、みんな違う。 更には、 同じ人であっても、先月の反応と今月の反応は違うことだってある。 なぜかというと、その時のその人の事情や都合によるから。 しかもその事情や都合は、本人にしか分からない物のことも多い。 AさんがFさんの言葉を聞いて 「ん?虹が出るの?それは見てみたいかも」と、もしも思えば、 次に雨が降ったときにFさんのような反応に変わるかもしれない。 Cさんの身になにか大変なことが起こっているときには、 Dさんのように雨に気づ...

対話型調香セッションawai

これまでおこなっていた調香セッションをリニューアルしました。 いまのところ価格も以前のままだし、やり方が大きく変わったわけではないけれど、 私的には大きく変化した感覚を持っています。 旧『ナカソトノカオリ』は、2024年10月10日より 『 a 〇 i 』(awai)となりました。 ウェブサイトに載せている文章を抜粋します。 /////// ●香りと感情の関係   セッションで使用する香料は、植物から抽出された香気成分です。 香りを嗅ぐと、香りは電気信号に変換され脳へ届きますが、 嗅覚は他の感覚器官 (視覚・触覚・味覚・聴覚) には無い独自の特性を持っています。 嗅覚以外の器官は感覚を感じると、まずは左脳 (理性や思考を司るエリア) へ電気信号が伝わります。しかし、 香りの電気信号だけは左脳を経由せず 右脳へ直行し ます。右脳は感情や記憶や本能を司るエリアで、潜在意識に含まれます。香りを嗅ぐと、思考がアレコレと考え始めるよりも前に、潜在意識の部分への働きかけが起きるということです。   そのことを知ってか知らずか、古代から世界中の儀式の場で、 精神的な変化や場の浄化、人以外の存在との繋がり、などを目的として 植物の香りが活用されてきました。 例えば寺院で線香が使われるように ” 香りのない宗教は存在しない ” とも言われます。 (唯一、神道では表向きは香りを使用しないようです)   私たちが言葉を発したり行動をするとき、出発点となるものは感情です。 ささやかな揺らぎの感情から爆発的なものまで、感情が スイッチとなり言動活動に結びつきます。 その感情の部分に働きかけるものが、先に記した通り香りです。   目に見えない感情、そこに影響を与える香り、が先にあり、 その次に、目に見える言葉や行動が生まれます。     ●あなただけの香りが持つ力   香りを創る前に、あなたとの対話の時間をもちます。 このセッションを受けるきっかけや香りの好みの傾向などを伺いますが、 私はその場で生まれる直感的な流れを大切にしているため、 質問の内容は人により千差万別です。 耳に聞こえる言葉だけでなく、ふとした表情や反応、感情の揺らぎなど、 そこにある全てのエネルギーを感じさせていただく時間です。   対話の中で私が...

運のいい人、になっておいて損はない

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運のいい人 という言葉って、 一発大きく当てる人のことも、日常的に細々ラッキーなことが起こる人のことも まとめて言っている気がするので、 ここでは日常の方。 「常に自ら開運していける人」=「開運体質の人」 のことを運のいい人と呼びます。 運がいいと、なにが起こるかと言うと 「なんか知らんけどおまけしてくれたー」 「ちょうど並ばず入れたんだよね」 「私は買えたけど、すぐ後の人は売り切れだった」 「私が通ったときはたまたま渋滞じゃなかったよ」 「たまたまキャンセルで空きが出て予約できた」 「たまたま欠航になったおかげで、待ち時間中にあの人に会えたんだよ」 「ちょうど私の後の列車から運航停止だったらしい」 みたいな感じで、 「えー良かったねえ」というようなありがたい出来事に遭遇する。 こういうことが起きると大抵 「偶然に」とか「たまたま」とか「なんだか知らないけど」 とかいう言葉をつけて話す場合が多いと思う。 これ、本当は偶然でもたまたまでも神業でもなく、 れっきとした物理の法則なんだけれど その話はここでは横においておくとして。 例えば、こういった運のいい人が自分のグループに一緒にいたらどうだろう? よく言われる例としては、 「雨女/雨男だから雨になった!」ってありますよね。 本当に雨女かどうかは別として、雨女本人だけでなく、 一緒に行動を共にする人たちも全員もれなく雨女の影響を受けるパターン。 (晴れでも同じく) そう、 多かれ少なかれ、身近な人の影響を必ず受ける。 これも物理の法則で説明できること。 人間関係の単位である、カップル・親子・家族、というグループに 一人だけでも開運体質の人がいたら?? または、集合住宅の同じ階、同じ住宅地、会社の同じ部署、同じ町内に、 開運体質の人がいたら?? そしたら先にあげた例の「たまたま私の云々」の「私」が「私たち」になる。 「たまたま私たちだけ云々」 「偶然うちの家だけ云々」 「ちょうどうちのエリアが云々」 言い方が適切かわからないけれど、 「おこぼれにあずかる」的な感じになる。 開運体質の人が一人でもいる家は、家族全員ラッキーなことに遭遇する可能性が高い。 分かりやすく家族と書いているけれど その近くにいる人、関係性が近い人、という意味。 要は、最低でも自分一人が開運体質でいられれば、 自動的に周囲にも貢献することになる、とい...

「こういう自分になりたい」は本当にそうなる

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調香セッションでクライアントの香りを創るとき、まずは対話の時間を持つ。 香りを創るにあたっての、だいたいの質問事項は用意してあるが、 その時によって使う質問と使わない質問があり、 その時の話の流れや、閃きでする質問もある。 いわゆる『匂い』に関する質問もするけれど、 そうじゃない話もたくさんするので、 初めてセッションを受けてくれる人からは 「いまの話の内容で、一体どうやって香りができあがるんですか?」 と逆質問を受けることもある。 「本当は私、こういう自分になりたいんです」 という想いを伝えてくれる人も多い。 調香セッションでは、そういう自分に向かうための一つのツールとして、 植物の香りを強力なサポーターにする。 それにはちゃんと理由があって、 人の嗅覚と脳とホルモンの連携、潜在意識と顕在意識の関係、量子力学の仕組み、 そういったことで説明ができる。 因みに私は「こういう自分になりたい」という想いを聞いたとき、 100%のレベルで心から「なれますよ」と思っている。 もちろん可能性というのは無限にあるので、 どのチャンネルを選ぶかは、その人のこれからの思考と行動パターンによる。 けれども、なぜ確信をもって「なれて当然」と思うかと言うと やっぱりここにも理由がある。 脳と波動エネルギー(量子力学)の仕組みからすると、 自分とは全っっっ然別世界のものは「そうなりたい」という想像すらできないから。 例えば、ネットの中でも実世界でもいいけれど、憧れの人がいるとする。 憧れるという時点で、もうそこにはエネルギー共振が起こっている。 そもそも同じ人を知っていたとしても、憧れなんて抱かない人もいる。 「ふーん」「そういう人もいるんだな」くらいで終わるか、 もしくは視界にすら入らない。完全スルー。 (これも脳の仕組み) 「こういう自分になりたい」の ”こういう状態” を イメージできているということは、 お互いに何かしらの干渉(触れあう部分)があって、 触れているからこそ共振共鳴する。 すでにその状態は、自分の射程圏に入っているということ。 だから、 その状態を現実のものとするために、 香りだったらこう使う、 引寄せの法則だったらこう使う、 感情思考解放ヒーリングだったらこう使う、 という具合に、 自分と縁あるものをサポーターとして活用したら良いのであります。 それであとは、そのサ...

思考の備え(防災用品みたいに)

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ミナミAアシュタールさんのYoutubeを見ていたとき 「思考の備え」という言葉が出てきたときがあって。 そうだ、その言葉!と思った。 日本では防災のため、水やらなにやらの ”物 ” を備えている人は多いのだろうし、 さらに、避難経路や場所などの ”動き ”を家族全員で確認しあっている人も多いと思う。 じゃあ『思考の備え』とは何か。 質問でーす! 自分が行動するときのきっかけは何でしょう? または行動をやめるときのきっかけは? 他者や出来事に向けて言葉を発するときのきっかけは? ちょっと自分の言動を思い出してみると、 気分の上下、さまざまな感情の揺れ、いろいろな思考(こうあるべきとか)、 がきっかけになっているはず。 余裕のある気分のときは、 人に対して広い心で対応できるし許せたりする。 イライラしている時は、 物も人も丁寧に扱わなかったりする。 つまらないと感じると、 どんなに熱心に話しかけられても集中できなくなる。 すごく好きだと思うと、 他のことは目に入らず一目散にそこへ向かうことができたり。 情熱が冷めてきて面倒になり、 習い事に行くのをやめる。 自分が我慢していることを他人が自由にしていると、 許せない気分になり批判の言葉が出る。 落ち着いた気分のとき、 物事を冷静な視点で眺めることができたり。 「あなたの言葉も行動も、ぜーーーんぶ、 あなたの感情や思考に支配されているんですよ! あなたを支配している存在は、あなたの感情や思考です。」 と言っていいくらいに影響を与えていると思う。 パッと口から出た言葉、ついしてしまった行動、 またはそれがよく考えた上で言ったこと、したことであっても。 その根底にあった自分の本当の本当の感情や思考、は何だったのか? 例えば会社の人事や、 国同士の関係での大きな決断(例えば原爆投下の場所)なども 結局最後の決め手は「感情」であることが歴史をみると分かる、 という本を読んだことがある。 どんなに戦略的に論理的に考えて決断して行動すると言われる種類の人達であっても、 結局最後は感情が決め手になることも多いそうだ。 計画を練って話し合いを重ねて最後決める時、 いまこの瞬間選ばなければいけない時、 「Aはやっぱり気にくわないから」「Bは想い出のあるとても大切な場所だったから」 「Cにはどうしても違和感が残るから」 みたいな個人的な感情...

猫のようにするといいらしい

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大人になってから、ある時に気づいたことがあった。 「私は身体にいつも力が入っている」 初めのころは、だからそれが何なのかとか、それをどうにかしようとか、 思っていなかったのだけれど、 実はその力みが体調に関係していることに徐々に気づいていった。 気づいてからは、意識してリラックスさせることをしてみたが、 ふと気づくと、また力が入っている。 グーッとパワー的な力を発しているというようりも、 長く静かに続く緊張感の系統の力み方。 常に緊張状態にいることが通常モードになっているらしかった。 力を抜くための動作をいくつか習慣にしてみたり、 香りを使ってみたり、潜在意識下に入っているものを解放してみたり、 身体に聞いて押し込めていた感情を解放してみたり、 いろいろ試して以前よりも随分マシになったのは感じている。 でも、まだある。 最近自分はそこをもっと集中的に改善したくなっている時期ようで、 ふと目にするインスタ投稿が、 私と同じような緊張モードの人の投稿だったりする。 自分の身の周りに起きる出来事は、自分の思考の反映なので、 自分がよく目にするもの耳に入ってくるものを観察すると、 自分が何に意識を向けていたのかがよく分かる。 先ほどみたミナミAアシュタールのYoutubeでも ちょうど緊張モードの話がテーマになっていた。 そこで、相談を受けていた宇宙人アシュタールさんが答えていた中にあった言葉が 私的には印象的だった。 力が入っている=緊張状態=戦闘態勢=何かから自分を守ろうとしている あなたは何から自分を守ろうとしているのでしょうか? というようなことを言っていた。 緊張状態、までは私も思っていたけれど、 それが戦闘態勢とは考えていなかった。 もし私がこの状態だとしたら、 一体わたしは何から自分を守ろうとしているんだろう? という視点で自分をみてみたら、出てきた映像と感情があったので、 それらは解放して、思考設定も取った。 わたしは「息をひそめていなければいけない」という状態にあった。 取った瞬間に体感で分かるのだけれど、これは割と大きめなものを取れた。 あと、猫のこともアシュタールさんは言っていて、 試したことがない系統のことだったので、やってみようと思う。 実は聞いた後にすぐにやってみたが、まだうまくできていないので、 今後も引き続き試してみる。 これまた全然関係のな...

メタトロン診断

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自分の身体の状態を知るため、 年に1~2回くらいのタイミングでメタトロン診断を受けている。 日本の病院でやっているような健康診断は、10年くらいは受けていない。 メタトロンは周波数測定機器で、 元々はロシアの宇宙飛行士の健康診断のために開発されたもの。 細胞、体液、神経、筋肉、臓器、骨、感情 etc、 体内をくまなくスキャンしていくので ものすごく様々なことが分かる機械なのだけれど、 初めて受けたときに私が一番知りたかったことは、 自分と夫の今の身体に合う食材と合わない食材。 家での食事は私が準備することが殆どなので、知っておきたい情報だった。 かといって、ストイックになりすぎるのは好きではないので、 「参考にする」というくらいなスタンス。 因みに診断では、機械から出てきた数値や言語を単に見て終わり、ではなく、 診断士が数値から読み取ったことを教えてくれたり、 それについて話し合ったり、 いろいろな視点・方向からのアドバイスを聞いたりする。 ここが人間的な部分で私はとても好きだし、 割と重要視しているポイント。 ただし、人間が言葉を発するということは、 ”診断士の知識の広さ深さや人となり” によるところがめちゃくちゃ出る部分なので、 どんな人からメタトロン診断を受けるか、がとても大切だと思っている。 私は幸い、自分的にとても信頼できて波長の合う人と出会えたので 毎回その人に頼んでいる。 そう、それで去年の今ごろに受けた時に、 小麦粉が要注意食材のリストに上がってきていた。 それまでは、そのリストに何か出たことはなく、初めての経験。 それを見た時「あーやっぱりそうなんだ!」という感想だった。 私はパンが大好きで年中ほぼ毎朝パンを食べていたのに、 去年の夏頃は食べたいと思わなくなっていた。 それにその頃、小麦の麺類やピザなどを食べると、 なんだか気持ち悪くなるような感じがすることがあった。 という体感があったので「やっぱり」だった。 アレルギーにはなっていなかったのがラッキーだった。 パンもピザもパスタも大好きだから、おいしいものをこれからも楽しみたい。 何故このタイミングで、こういう結果になっているのか、 というところについて、 その頃の生活を振り返ることや、入れるもの出すもののこと、 様々な要素から読み解いてもらったりして、 気の流れ、思考回路、感情、季節、食べ方、...