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雰囲気、雨の前

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ほのかに雷の音が聞こえて、洗濯物を室内へいれた。 さっきまでは晴れていたけれど、いまは雲が増えてきていて、灰色の雲もある。 雨が降るかもしれない。 それで思ったのだが、やっぱりミラノの雨の前って分かりやすい。 雨が降ってくるぞ~! というのが明確に分かることが多い。 それは、こんな感じです。 晴れている → 物凄い突風が吹く → あたりがサ~ッと暗くなる  →真っ黒でモクモクした雲がこちらに近づいてきている → 大きな音で雷が鳴る →路駐の車たちが雷の振動に反応してピーピー言い出す(盗難サイレン) →ドシャ―ッと大粒の雨が降ってくる まるで漫画か何かのように、 ゴロゴロゴロ!!ドシャ――っ!! という感じなわけです。 前触れからすぐに降るだけ降って、サッと晴れる。 (11月頃の雨期的な時期のときは、もう少し違う感じです) これはまるで人を表しているかのようだ、と私は思うのです。 雨の降り方までイタリア人っぽいし、日本人っぽい。 もちろんいろいろな人がいるので全員が当てはまることはないのだが 系統を表しているような気がするのです。 ウキウキしているのも、怒っているのも、機嫌があまりよろしくないのも、 愛し合っているのも、好きも嫌いも、 とっても分かりやすいイタリアの人々。 因みに例えば洋服の柄とかも、分かりやすいデザインのもの(薔薇!とか赤!とか)が 「なんて美しいのでしょう」 と言う人が多かったように感じるし、 お化粧の濃さ、香水をつける量、これも ”しっかり” が多かったと感じるし それが良しとされていたと思う。 ほのかに、とか、この微妙な色合いが、とか、さりげなく、とか そういった感覚の人は少数派かもしれない。 日本で生まれ育った多くの人々は、イタリアのそれとは正反対で、 とっても分かりにくいと思うのだが、どうでしょう。 感情を隠すし、お化粧は薄いし。 雨も、降りそうで降らない。 さっきの雷から1時間。 空気を読む、察知する、しかないかしらね~

そう思い込んでいる、と気づかないのが思い込み

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「洗濯は毎日していますよ。でも洗濯物を干す、ということは  今まで一回もしたことはないですね~。」 ということを聞いて、少しびっくりしたのと同時に、自分の思い込みに気づいた、 という話です。 結論から先に書くと、私の思い込みはこんなものでした↓↓ ”洗濯物は晴れていたら外に干す、雨の日は仕方ないから室内に干す” 洗濯物を干したことがない、と言っていらした方は、すべて乾燥機を使用しているそう。 因みにお布団も干したことはないし、お布団はクリーニングへ出す、とのことでした。 ご実家もそうだった、ともおっしゃっていた。 それを聞いて 「そっか、別に外に干さなくたっていいんだ。その手もあったか。」と。 私って狭い範囲で考えていたんだな~、と気づくきっかけとなりました。 実は今の日本の家で、洗濯物を外に干す、ということが私にとって ”どうにかしたいこと” だったのです。 (イタリアの家では事情が違っていたのでこの問題はなかった) うちはマンションなのですが、リビングダイニングに面したベランダが一つあって、 私はベランダで寛ぐ時間を持ちたいので、植物や小さなテーブルと椅子を置いていて、 その風景は、室内から見ても楽しめるようにしている。 そして、ベランダの手すりの中心には、元々、洗濯物干しが取付られている。 「せっかくのベランダが洗濯物を干した途端に景観台無し」 そう思っていました。人が来るときは洗濯物を干さないようにしたり。 ベランダが二つ欲しい!!!と思っていました。(洗濯物用と寛ぐ用) 例え自分しか見ないとしても、寛ぐスペースから見える場所には干したくない。 そうするためには、そういう構造の家に引っ越すしか手はないかな~、と考えていた。 (人が来る日に干さなければいけない時は、ちょっとした工夫をしていました) 今の家に乾燥機を置くかどうか(因みにスペースは無い)とか、 置けたとしても運転費を気にして毎回使わないかも、とか、 太陽に干した方が気分いいよね、とか、 そういうことはちょっと横に置いておいて、 ”晴れている日は外へ干す” という思い込みがあったことに気づいて それが外れたというだけで、 なんだかとっても自由感が増した感じがします!頭がスーッとする! 洗濯ごときで・・・、とか、 乾燥機買わないんだったら結局今までと同じでしょ、とかの声が聞こえてきそうですが。 しかー