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宇宙の仕組みは単純で複雑

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例え話ですが、このようなこと経験したことある人も多いと思う。 どうでしょう? ーーー 公園へ行くことを考えたら、気分がワクワクとした。 なんだかいい感じがした。明るい感じがした。軽やかな感じがした。 「自分の感覚に従うとイイって言うよね、よしやってみよう」 と思って、実際に公園に行ってみた。 そしたらなんと、 大嫌いで絶対会いたくないAさんに遭遇してしまった、、、! 「なにこれ?ワクワクに従ったのに、全然ダメじゃん。逆に嫌な思いをした!」 うわあ、最悪、というような気分になりながら、 さっさと公園をあとにする。 ところが、ストーリーはここで終わりではない。 そんな単純なストーリーではない。 しばらくぶりだったAさんに遭遇したことによって、 当時の出来事や気持ちを、連想ゲームのように思い出す。 どんどん思考が展開していく中で、ふと、こんなことを思い始める。 「そういえば、Aさんの件をきっかけに、私はあの会社を辞めたんだった。 それで、今の仕事をするようになったんだった。 考えてみると、今の仕事の方が、あの時に比べて好きだし、 仕事だけじゃなくて、生活自体も今の方が100倍イイ感じかも。」 「そう思うと、なんかAさんのおかげ?かもしれない。 あそこで嫌な思いしなければ、そのままあれを続けていたかもしれないし。 今の生活になるきっかけがAさん、、、。 大嫌いには違いないけど、見方を変えると、Aさんとの出会いに感謝かも。」 というように、 Aさんへの許せない気持ちが、感謝の気持ちへ、変換された。 変換されたことで、自分の中に持ち続けていた 「人を許せない気持ち」「絶対会いたくない気持ち」 などの小さな種のようなものが、 するするする~と分解され消えていった。 そして、 その種が無い一段軽やかな自分、になったし、 過去にも今にも感謝の気持ちあふれる自分、になった。 すると、それに連動して、 仕事も生活も様々なことを、より一層たのしめるようになった。 当初の、 「公園に行くことを考えたら、なんかワクワクする♪イイ感じがする♪」 という気持ちに従ったおかげで、 結果的に、自分にとって(自分の人生にとって)、 「イイ感じの世界線」へどんどん進めるようになった。 結局、Aさんとの遭遇は、ただの通過点だった。 ーーー こういうことって経験ある人いますよね? 常には意識していないけれど、...

Google mapへの疑念

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Google map、私は頻繁に利用している。 カーナビとして使っているし、 知らない街を歩くときにも使う。 「この辺りに、カフェないかな」と探すときにも使う。 私にとっては、とても有難いツール。 一体いつからGoogle mapが存在していたのか知らないけれど、 私がガラケーからスマホに変えてから、 頻繁に使うようになったんじゃないかと思う。 ある時。 Google mapに対して、チラッと疑いの念を持ったときがあった。 その疑いの内容については、実は今でも 「有り得るかもな」と思ってる。 私は、映画『インターステラー』 (クリストファー・ノーラン監督/2014年公開) が大好きなんですが、 ストーリーの最初の方で「紙の地図に載っていない場所に遭遇する」という場面がある。 その場面と、その後のストーリー展開から私が推測したことが以下です。 ”地図作成会社が載せ忘れたのではない。 権力のある誰かが、意図的に、載せないように、手を回していた。 一般庶民がそこへ辿り着けないように。 一般庶民には存在を知られないように。” この推測と同じことが、 Google mapに起こることだってあり得るんじゃないか? Googleも一企業。 人間が運営している、経営している。 例えば、もしも、 莫大な資産を持つ人や団体から、多大な資金提供を受けていて、 「このエリアは ”森” ということで。」 って言われたとしたら? それとか、 「この道は通らないようにルート設定してくれない?」 「ここは混んでる風に表示させて、これ以上車が来ないようにしてくれない?」 って言われたとしたら? とかね。 可能性0ではないんじゃかなあと思っている。 そもそも可能性が0のものなんて「不老不死」以外は存在しないし、 技術的にはできることなはず。 誰かが提供してくれるものに、100%頼って自分の動きを決めることは、 100%信頼していることとは別物だと、 自分の思考回路を見て思った。 というか、 「こういう可能性もあるかもな。でも今、私はこれを便利に使わせてもらう。」 みたいな心持ちで、 使うことを自分で選んでいる、という感じかもしれない。 だからなのか、なんなのか、 私はGoogle mapに頼りながらも、時折は無視して、 自分の行きたい道を次々に選んで、好きなように進む、 という場合も、まあまあある。 ...