「できないこと」に遭遇した時の大人と子供の違い
大人になると、 できること、知ってること が増える。 そういう、ある種「スムーズな状態」を当たり前として、 その中で毎日生活をする。 なので、 たまに「できないこと」に遭遇すると、 すごくストレスを感じたり、 中には、恥ずかしく思う人もいるだろう。 もしくは、できない人を見て、 非難したり、バカにしたりする人もいるかもしれない。 何しろストレスを感じるので、 ちょっとやってできないと、 「私には無理」「私にはむいてない」 「もう〇歳だから、こういうのは難しい」 などと言って、 すぐにやめてしまう。 何しろストレスだから。 じゃあ、子どもの頃はどうだっただろうか? 幼少期は「できないこと・知らないことだらけ!」なので、 その状態を当たり前として生きる。 なので、なんでも淡々と練習する。 練習を繰り返して、できるようになる。 子どもの頃は、 練習を繰り返すのが当たり前 だったはず。 自転車に乗れないからって、 お箸がうまく使えないからって、 悩んで、2回くらい練習してやめて、 とかじゃなかったはず。 そのことを思い出してみると、 大人だって、練習を繰り返せば、 できるようになることだらけだと思う。 できない知らないがあっても、ただ単に、 「今はできない」だけ。 「今は知らない」だけ。 人それぞれのタイプや、取り組む物事の種類によって、 できるようになるまでの時間や、できるレベル、 は、もちろん人それぞれ。 自分なりの納得感や満足感を感じられれば、 それでいいと思う。 忘れちゃいけないのは、 それをするのが好きなら、 できるようになった自分を想像するとワクワクする、 ならば、 すぐにやめずに練習を繰り返す。 プロに学ぶとか、工夫する。 だって、それが好きなんだから。 逆に、ちょっとやってみたら、 実はそれをするのが好きじゃなかった、 別にできるようにならなくても構わない、 ならば、 さっさと辞めていい。 だって、好みのものと違ったから。 対して好きじゃないものをやり続けるのは苦痛でしかないし、 我慢してるとエネルギーが漏れていき他のことにまで影響してしまうし、 ストレスホルモンを無駄に消費して身体にもよくない。 まとめると、 「好き」なら、できるようになるまで練習を繰り返す。 練習できないなら、 物理的に続けられる方法を考えて工夫する、 精神的ブロックがあるならブロックを...